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2001 屏風雲陵ルート

この状態で手前からダイブ

雲稜ルートの取り付き

T4

向こうに東稜ルートを登るパーティーが見えます

でもこの2年前、穂高の屏風を登った時はかっこよく決めたんですよ〜

あっ!風さん
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T4尾根取り付

大丹倉 裸足のクライマー

飛行前  余裕の坂本氏

そしてバカ調子に乗りまくったオイラは、帰るなり千石グラに通い初め

     サンダーボルトにのめりこむ事になりました 

おおにぐら

終了点に着いたら互いに干からびてましたが
                いまだかつて無い達成感を味わいました。
 



2003年6月28日〔土)夜 小雨の中 熊野の大丹倉へ向かった。 先日よりパートナーを物色したが大丹倉の一言で いずこも門前払い! 雪稜研究会の坂本氏には詳しいルートの説明をせずにOKを貰った。 彼は道順等を段取り良く調べ上げ、崖崩れで熊野からは通行止めなので和歌山県の飛び地 北山村から入山する様にとの連絡をくれた。 危うく熊野へ行ってしまう所だったが、さすがに彼は万事に抜かりが無い。 


夜半に大丹倉の頂上近くに着き 車中泊、早朝到着した坂本氏に起こされて彼の車で取り付きまで戻った。 歩けば2時間近く掛かりそうだ。 壁に取り付いてみると ガイドどうりで高度約8Mの長いトラバースで始まるがピン間隔も同じぐらい遠く、作者はマニアのクスグリ所を心得ているようである。


4Pまでは結構楽しませて貰ったが 5P目の核心ではAOで、ごまかしながら登った。 10.bとあるがオンサイト能力 9〜10でチビの私には 5.11にも感じた。 5P上部のビレイ点はボルトが3本打たれてあり超安心。  内1本が緩んでいたが素手では締めることができなかった.。  優れてはいるがアンカーナットの唯一の欠点かもしれない。 


6P目がルート中最も苦手なフェースのトラバースだ。 25Mで4ピンしか無く ズルのしようがない。 5.9とあるが良いホールドなど殆ど無く 初心者には5.10の世界でこのルート中の難所だった。 開拓者の技量に計り知れないものを感じる。 落ちる寸前でヌンチャクを構えて何とかクリア・・ フォローの坂本氏は落ちながらも涼しい顔で登ってきた。
7P目は5.7とある バンドのトラバースで優しいが見えるピンは25M程先の一つだけで、ある筈の1ピン目が見つからない。 ガイドの写真でも1ピン目は使って無いようにも見えるが草の陰なのか。 昨夜の雨でズボズボの草着きに指を差し込んでトラバース。 足もズルズル・・何とか悪場を超えたら、そこから先は優しくてピンの事などすっかり忘れてしまい(遠視のせいもあるが)18Mぐらい先の立ち木をくぐるとビレイ点はすぐそこ。 


フォローの坂本氏が平気な顔で草着きの悪場を渡ろうとした瞬間!足を滑らして宙に舞った。 坂本氏から立ち木までの水平距離約15M、計算では30π/4+惰性で25M程も空中遊泳した挙句、壁に叩きつけられてしまうが、日ごろの行いが良かったのか?運命の女神が彼に微笑んだ! ロープが中間点の岩角に引掛かり約12Mの空中飛行で済んだのである。 が!岩に叩きつけられるヘルメットの音!飛び散る小物体は何だったのか? そして長い間をおいてやっと攀じ登ってきた彼は両方共裸足で靴下が血に染まっていた。
( 帰宅後 ロープの端から9・3mの箇所に大ダメージを確認 ) 


助かってくれて良かった !! 次の客が来る頃には彼も僕も干し柿みたいになってしまう所だった。残りの2Pを彼は足に血を滲ませながら裸足で登った。 次はサンダーボルトを登ろうと誘ったら靴が無くなったので当分登れないと言う。 よぉ〜っし!盆休みに靴の捜索を兼ねて下部を単独登攀だっ!・・・その後彼の靴は両方共見つかり(坂本氏曰く)白出ならぬ白光荷継小屋(白子氏のオフィス)へ届ける事が出来、おまけに荷継小屋で坂本氏から御尊父(母)謹製の南高梅の1斗樽を頂戴した。 あ〜 めでたし めでたし。                          
      
     

教訓  トラバースでのピンの見落としは命取り。  ごめんなさい m(_ _)m 。
 

夕陽の衛兵